3/29 若林JCT付近

何があったのか。
何かかがあったのか。
それすら見当もつかないそこでは、海沿いの住宅地と交差点を表示しているナビゲーションは無意味で、ただ広がるのは夕日を反射する水面とある時を境にクズと化した生活のカケラが一面に広がっていた。
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「ありえないでしょ?」
「東部道路の向こう側は戦争起こったみたいだからね。」
「岩村たちが泊ってるとこで風呂入らしてもらっていい?」
「震度5は普通だよ」
「せっかく来たんだから見て、地元の人たちに教えてやれよ。」
「久しぶり!生きてたよ!」
「ガレキに追われて農道を車で走ったらしいからね。」
「今日から風呂に入れるようになったよ。」
「全部流されちゃったけどね」

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「通れるようになったらしいから」
と教わり向かった先では、何かが生きている気がしなかった。自衛隊の車両があちこちにあった。もくもくと作業に当たる人以外の日常が無かった。誰一人いなかった。人の姿も、木も、鳥も。
TVで流れていた被災地と呼ばれる地域は、仙台駅前のビルが見えるくらいにすぐそばで、東部道路が「明るい」「暗い」の差ほどのくっきりと異なる光景の境界線だった。普段見慣れている自分の目に写る世界とは異質なもの以外の何ものでもなく、どう判断して良いのかすぐには答えが見つからない世界が広がっていた。

ただそれだけの世界。

帰って来れた場所があることに感謝します。
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by iwamurakensyo | 2011-03-31 23:54 | エトセトラ  

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